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多国籍軍がイラク国軍と警察により

多国籍軍がイラク国軍と警察により管理ができるまでに治安が回復したと認める県についてイラク政府へ治安管理権限が返還されている。これを治安権限の委譲(Transfer of Security Responsibility / control)という。2006年9月にイギリス軍管理下のムサンナー県から始まり、2008年9月に11番目として初めてスンニ派が多数を占めるアンバール県の治安管理がイラク政府に返還された[39][40]。

番号 年月 県 備考
1 2006年9月 ムサンナー県 イギリス軍管理下
2 ジーカール県 イギリス軍管理下
3 ナジャフ県 ポーランド軍管理下
4 マイサーン県 イギリス軍管理下
5 アルビール県 アメリカ軍管理下、クルド人自治区
6 スライマーニーヤ県 アメリカ軍管理下、クルド人自治区
7 ダフーク県 アメリカ軍管理下、クルド人自治区
8 カルバラー県 ポーランド軍管理下
9 2007年12月 バスラ県 イギリス軍管理下
10 2008年7月 カーディーシーヤ県 ?
11 2008年9月 アンバール県 アメリカ軍管理下、スンニ派
12 2008年10月 バービル県 アメリカ軍管理下、スンニ派[41]
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フセイン政権崩壊後、政権の中枢に躍り出たのが、これまで支配下に置かれていたイスラム教・シーア派勢力である。イラク戦争から5年を迎えた2008年3月に入ると、そのシーア派内で内部抗争が勃発。同派の強硬派であるムクタダー・サドル一派と政府との対立が表面化。政府軍とマフディー軍が、同月25日にバスラで衝突したのを皮切りに、クート、ヒッラ、バグダッドに拡大。ヌーリ・マリキ首相自身が陣頭指揮を執った、25日のバスラでの戦闘では双方合わせて31名が死亡した。26日にマリキ首相は、28日までのマフディー軍の武装解除を要求、一方のサドルも前日のナジャフでの声明で徹底抗戦の構えを見せている。27には両者の先頭でバスラ近郊の石油パイプラインが爆破された。また同日には、米国のジョージ・ブッシュ大統領がオハイオ州での演説で政府軍支持を鮮明にした。更に、同日深夜にはバグダッドで外出禁止令が発令された。翌・28日には政府軍に同調した米軍が南部・バスラのマフディー軍施設を空爆した。同日にマリキ首相は、マフディー軍の武装解除期限を4月8日まで延長すると発表した。30日にはサドル自身がマフディー軍に対し戦闘中止を呼びかけ、31日にはバグダッドの外出禁止令が解除された。

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2009年06月26日 23:03に投稿されたエントリーのページです。

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